TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)とは、気候変動がもたらす企業のリスクと機会を把握し、それに関する情報を投資家などのステークホルダーに開示するための国際的な枠組みです。本記事では、TCFD提言の4つの柱(ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標)を中心に、企業がTCFD開示を進める際のポイントと、TCFD解散後の最新の対応動向まで解説します。
目次
TCFDとは?
TCFDとは、企業が気候変動に関するリスクや機会をどのように認識し、経営や財務にどう影響するかを開示することを推奨する国際的な枠組みです。
正式名称は「Task Force on Climate-related Financial Disclosures(気候関連財務情報開示タスクフォース)」といい、G20の要請を受けFSB(金融安定理事会)が2015年に設立しました。
2017年6月に公表した最終報告書(TCFD提言)のなかで、企業等に対し、ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標の4項目についての開示が推奨されています。
TCFDは2023年10月にその役割を終え、現在はISSB(国際サステナビリティ基準審議会)へと機能が引き継がれています。
TCFDが設立された背景
TCFD設立の背景にあるのは、深刻化する地球温暖化問題とESG投資の拡大です。以下に、それぞれ説明します。
地球温暖化問題の深刻化
TCFD設立の背景にあるのは、地球温暖化が世界的に深刻化し、経済や金融システムにも影響を及ぼす懸念が高まったことです。気温上昇に伴う自然災害の増加や資源の枯渇、事業中断などのリスクは、企業経営に直接的な損失をもたらす可能性があります。
2015年のパリ協定により、世界の平均気温上昇を1.5℃に抑える具体的な長期目標が掲げられました。企業にも気候変動への長期的な対応や情報開示が求められるようになり、FSB(金融安定理事会)のもとにTCFDが設立されたのです。
企業価値を評価する尺度の変化
近年、企業の評価軸は利益などの財務指標だけでなく、環境・社会への取り組みなどの非財務要素へと広がっています。投資家がESG投資の観点から気候関連リスクを考慮する動きも拡大しました。
以前は、気候変動が企業の財務に与える影響を一貫して示す基準がなく、情報開示も不十分であったため、統一的な開示基準の整備が求められるようになったのです。こうした潮流も、TCFDの設立につながっています。
TCFD提言の4つの開示項目
TCFD「気候関連財務情報開示タスクフォース提言の実施」(2021, 訳:TCFD コンソーシアム、特定非営利活動法人サステナビリティ日本フォーラム)を基に作成
TCFD提言が推奨する開示項目は、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標・目標の4つです。それぞれについて、具体例をあげてわかりやすく説明します。
1.ガバナンス
ガバナンスでは、気候変動への取り組みをどのような体制で管理しているかを開示することが求められます。
経営陣が気候関連課題にどの程度関与しているか、また取締役会が戦略や投資判断にその影響をどのように反映しているかを示すことが重要です。企業としての意思決定に気候変動リスクを組み込む姿勢が問われています。
| 【具体例】 | |
| ・定期的な報告体制の構築 | |
| (例) | 取締役会が気候関連リスク・機会について年に数回の報告を受け、経営方針や対応策を審議する仕組みを整える |
| ・経営層による意思決定の明確化 | |
| (例) | 社長や本部長が中心となる会議体を設け、気候変動対応の方針・目標を承認し、全社的な実行責任を担う |
| ・部門横断的な評価・管理プロセスの確立 | |
| (例) | 各部門がリスクや機会を特定・評価し、環境委員会などで全社的に統合・再評価する流れを整備する |
2.戦略
戦略では、短期・中期・長期にわたる気候変動によるリスクと機会を把握し、それが事業や財務、経営戦略にどのような影響を及ぼすかについて開示します。
2℃目標などの気候シナリオを踏まえ、自社の戦略が将来の変化にどの程度耐えうるかを示すことが求められています。企業の持続的成長を見据えた対応が重要です。
| 【具体例】 | |
| ・複数シナリオで将来を検討する | |
| (例) | 1.5℃や4℃など異なる気温上昇シナリオを設定し、自社の主要事業やサプライチェーンに与える影響を分析する |
| ・リスクと機会の財務インパクトを定量化する | |
| (例) | 営業利益を基点に、炭素税や再エネ比率の変化、気象災害などが収益・コストに与える増減を数値で示す |
| ・対応策を戦略に組み込む | |
| (例) | 低炭素製品の開発、再エネ導入、資源効率化などを具体的な施策として明示する |
3.リスク管理(リスクマネジメント)
リスク管理では、気候関連リスクをどのように特定・評価し、全社的なリスク管理に統合しているかを開示することが求められます。これは、物理的リスクや移行リスクの重要度を他の事業リスクと比較し、優先順位を明確にするためです。
さらに、回避・軽減・移転・受容といった管理手法を適用し、そのプロセスを既存のリスクマネジメント体制に組み込むことで、組織全体として一貫した対応が可能になります。
| 【具体例】 | |
| ・気候変動リスクの体系的な特定と評価 | |
| (例) | 自社の事業に影響を与える物理的リスク(災害・異常気象など)や移行リスク(政策・技術・市場変化など)を洗い出し、発生可能性や影響度を評価する仕組みを整える |
| ・明確な管理方針と責任体制の設定 | |
| (例) | 気候変動に関すリスク管理方針を策定し、取締役会・経営会議・実務部門の役割と責任を明文化して、全社で一貫した対応を可能にする |
| ・全社的リスク管理への統合 | |
| (例) | 気候変動リスクを他の経営リスクと同様に扱い、リスク管理委員会やサステナビリティ委員会を通じて定期的に評価・報告し、経営判断に反映する体制を構築する |
4.指標・目標
指標と目標とは、気候関連のリスクや機会を評価する際に、どの指標を用いて判断し、設定した目標に対する進捗をどのように測定しているかを示すものです。企業は評価に活用する指標を明確にするとともに、これまでの目標達成状況や実績についても開示します。
| 【具体例】 | |
| ・温室効果ガス排出量の把握と削減目標の設定 | |
| (例) | 自社のScope 1, 2, 3の排出量を定量的に算出し、2030年・2050年といった中長期の削減目標を明確にして、定期的に進捗を公表する |
| ・再生可能エネルギー導入率などの指標を活用 | |
| (例) | 自社施設への太陽光発電設備の設置や再エネ電力への切り替え率を指標とし、段階的な導入目標を設定してエネルギー転換の成果を可視化する |
| ・ファイナンスや事業活動による排出削減の貢献を数値化 | |
| (例) | グリーンボンドやサステナブルファイナンスなどの実行額を指標とし、資金の使途とそれによる年間CO2削減効果を算定・開示する |
TCFDのシナリオ分析とは?
出典:環境省「TCFDを活用した経営戦略立案のススメ」
シナリオ分析とは、将来の気候変動による事業影響を見通し、戦略の強さを検証するための手法です。地球温暖化の進行度や政策動向など、複数の未来シナリオを想定し、それぞれが自社に与えるリスクと機会を整理します。
これにより、気候変動が進んだ場合でも事業が持続できるか、戦略の修正が必要かを判断でき、経営の安定性を高める指針として活用できます。
出典:環境省「TCFDを活用した経営戦略立案のススメ」
TCFDを開示する企業の多くは、下記の2つのシナリオを使って想定しています。
| ■4℃シナリオ 温暖化対策が十分に進まず、今世紀末に世界の平均気温が産業革命前より約4℃上昇すると仮定した場合の気候変動影響を想定するシナリオ |
| ■1.5℃/2℃シナリオ 産業革命前からの世界平均気温の上昇を1.5℃または2℃以内に抑えることを目標とし、各国が脱炭素政策を強化した持続可能な社会への移行を想定したシナリオ |
シナリオ分析の結果を統合報告書で開示する方法
シナリオ分析を実施した企業は、その結果を統合報告書やサステナビリティレポートにおいて財務影響として定量的に示すことが求められます。環境省の実践ガイドによると、定量化によって具体的な影響の把握と効果的な開示につなげることが可能です。
具体的には、特定したリスクや機会が営業利益や売上高にどの程度の影響を及ぼすかを数値化し、ステークホルダーが理解しやすい形で開示します。多くの企業は、表形式で主要なリスクと機会の財務影響を整理しています。
【財務影響の開示例】
| リスク・機会の項目 | シナリオ | 想定される影響 | 財務への影響 | 対応策 |
| 炭素税の導入 | 2℃ | エネルギーコスト増 | 営業利益△30億円程度 | 再エネ導入、省エネ設備投資 |
| 異常気象による災害 | 4℃ | 店舗・工場の操業停止 | 売上高△20億円程度 | BCP策定、施設の強靭化 |
| 低炭素製品の需要拡大 | 2℃ | 環境配慮型商品の売り上げ増 | 売上高+25億円程度 | 製品開発の加速 |
| 規制強化による原材料コスト上昇 | 2℃ | 調達コストの増加 | 営業利益△15億円程度 | サプライヤーとの協働 |
このように、リスクと機会を具体的な金額で示すことで、投資家や金融機関は企業の気候変動対応の実効性を評価しやすくなります。また、経営層にとっても、対策の優先順位を判断する重要な材料となります。
シナリオ分析には専門的な知見とリソースが必要
ただし、こうしたシナリオ分析や財務影響の算定には、気候科学の知識や定量分析のスキル、豊富なデータと時間が必要です。環境省の実践ガイドでも、リスク重要度の大きい項目から段階的に取り組むことが推奨されています。社内リソースだけでは対応が難しいケースも多く、外部の専門家によるサポートが有効です。
弊社「e-dash」では、TCFD開示に精通した専門家が、シナリオ分析の設計から財務影響の算定、統合報告書への記載支援まで、一貫してサポートします。貴社の事業特性に合わせた実効性の高い開示を実現し、投資家からの信頼獲得を後押しします。
実際の企業による財務影響の開示事例
環境省の実践ガイドでは、実際に統合報告書でTCFD開示を行っている企業の事例も紹介されています。ここでは代表的な4社の開示内容をご紹介します。
出典:環境省「別添 TCFDシナリオ分析 開示事例・ツール紹介」
第一生命ホールディングスの事例
第一生命ホールディングスは、CVaR(気候バリューアットリスク)手法を用いて政策リスクと機会、物理的リスクを分析しています。保有資産に対する各シナリオにおける影響を「影響額/対象資産額」という形で定量的に示しており、移行リスクの影響は小さく、物理的リスクは3℃シナリオにおいて大きいことを明確にしています。また、試算根拠として過去実績や外部文献も記載することで、分析の透明性を高めています。
参考:第一生命ホールディングス株式会社「統合報告書」(2023)
J-POWERグループの事例
J-POWERグループは、2030年のシナリオ分析において、火力や再エネ事業への財務的影響を試算しています。想定される世界観に基づき、カーボンプライシングを700~3,000円/tCO2と設定し、火力事業への影響として販売量減少による約100億円の減益を定量的に示しています。このように具体的な前提条件と試算結果を明示することで、投資家が影響度を理解しやすい開示を実現しています。
参考:J-POWERグループ 「J-POWERグループ 統合報告書 2023」(2023)
中国電力株式会社の事例
中国電力は、気候変動リスク・機会の財務影響について定量的に評価し、各リスク・機会による財務的影響を具体的な金額で記載しています。とくに注目すべき点は、1.5℃/4℃シナリオのいずれにおいても事業がレジリエンスを確保していると明示していることです。これにより、どのようなシナリオが実現しても事業継続が可能であることをステークホルダーに示しています。
参考:中国電力株式会社「統合報告書 2023」(2023)
KHネオケム株式会社の事例
KHネオケムは、カーボンプライシングの導入を想定し、2030年時点の炭素価格を参照して定量的な分析を行っています。脱炭素社会における財務負担として、一部のリスク・機会項目による事業インパクトを定量的に評価し、2030年時点の炭素価格を基に財務影響の試算結果を開示しています。算定根拠を明記することで、分析の信頼性を確保しています。
出所:KHネオケム株式会社「統合報告書」(2023)
TCFDの解散と賛同表明の終了
TCFDの解散により、新規の賛同手続きは2023年で終了しました。これはFSB(金融安定理事会)が役割を果たしたと判断したためであり、今後はIFRS財団(※)のISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が基準策定を担います。
企業は引き続きTCFD提言に沿った情報開示を行えますが、未賛同の企業が新たに「賛同企業」と公表することはできません。
※ IFRS財団…国際的な会計基準であるIFRS(国際財務報告基準)を開発・普及させるための、ロンドンに本部を置く民間の非営利組織
TCFD解散後、企業がとるべき対応は?
TCFDが終了したいま、企業はどのような対応をとるべきなのでしょうか?ここでは、具体的な対応について解説します。
ISSB基準およびSSBJ基準への移行を見据えた開示の準備
今後企業がとるべき対応は、ISSB基準およびSSBJ基準への移行を見据えた開示準備です。
ISSB基準のうち、IFRS S2はTCFD提言の4本柱(ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標)を引き継いでいます。また、日本ではサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が2022年7月に設立され、2025年3月5日にISSB基準と整合する日本版サステナビリティ開示基準(SSBJ基準)の確定版を公表しました。
SSBJ基準は、ISSB基準の要求事項を取り入れつつ、日本企業の実情に配慮した独自の取り扱いも認められています。国際的な比較可能性を確保しながら、企業に過度な負担をかけない基準設計となっている点が特徴です。
すでにTCFD開示を行っている企業は、その枠組みを維持しつつ、より詳細な情報開示へ質を高める必要があります。SSBJ基準は2027年3月期から時価総額3兆円以上の企業を対象に段階的に義務化され、2028年3月期には1兆円以上、2029年3月期には5,000億円以上の企業へと拡大されます。
体制整備を怠れば評価低下のリスクがあるため、早期に社内体制を見直し、基準適用に備えることが重要です。
IFRS S1・S2とは?TCFDやSSBJ開示基準との違いも詳しく解説!
TCFD提言に基づく開示の継続
TCFD提言に基づく開示は、解散後も投資家にとって有用な情報であり、企業は開示の継続が求められます。ガバナンスや戦略などの枠組みが国際的に標準化されているため、比較可能性が高まる点は重要です。
なお、未賛同企業は「賛同」と標榜できないため、「TCFDのフレームワークに沿って開示している」と表現することが適切です。
TCFDに関するよくある質問
ここでは、TCFDに関する主要な疑問をとりあげました。それぞれわかりやすく解説します。
Q.TCFDとTNFDの違いは?
A.TCFDとTNFDの違いは、対象とするテーマです。TCFDは気候変動リスクと機会の開示を求めるのに対し、TNFDは生物多様性なども含み、自然資本全体に関するリスクと機会の開示を促す枠組みです。
Q.TCFDコンソーシアムとは?
A.TCFDコンソーシアムとは、日本企業や金融機関が集まり、TCFD提言に沿った効果的な情報開示や活用方法を議論・共有する場です。実務的なガイダンスを提供し、企業の開示水準向上を支援しています。
Q.気候変動が企業の経営に与えるリスクとは?
A.気候変動は、企業の経営に対し物理的リスクと移行リスクを及ぼします。水害や猛暑による物理的リスクは操業停止やコスト増などを招き、規制強化や市場変化などの移行リスクは事業モデルの見直しを迫る要因となります。
TCFD後の時代に求められる企業の情報開示
TCFDは解散しましたが、その提言は依然として国際的な開示の基盤であり、SSBJが策定する日本版サステナビリティ開示基準の義務化に備える必要があります。企業はこれまでの開示を継続しつつ、より詳細で比較可能性の高い情報提供へと質を高めることが不可欠です。
TCFD開示では、シナリオ分析や財務影響の試算など専門的な知見やリソースが必要となります。科学的根拠に基づく開示や実効性のある目標設定は、投資家からの信頼獲得や脱炭素経営の加速に直結します。
弊社の「e-dash」は、脱炭素への取り組みを総合的にサポートするプラットフォームです。クラウドサービスと伴走型のコンサルティングサービスを組み合わせ 、脱炭素にまつわる企業のあらゆるニーズに応える支援をしています。専門家によるTCFD報告支援も行っておりますので、ぜひお気軽にご相談ください。
以下の資料では、SSBJ基準について詳しく解説しています。こちらもぜひ参考にしてください。
