株式会社 小嶋総本店
第24代蔵元 代表取締役社長
小嶋健市郎さん
米沢藩上杉家ゆかりの城下町・米沢。
この地で420年以上、24代にわたって続く酒蔵があります。
安土桃山時代に創業し、江戸時代からは上杉家の御用酒屋として愛されてきた「小嶋総本店」。「東光」のブランドは、国内のみならず、海外でも親しまれています。
この歴史ある蔵が2023年9月、日本酒の製造において、二酸化炭素排出量実質ゼロ、いわゆるカーボンニュートラル(※1)を達成したことを発表しました。そのための手段の1つとして、「e-dash Carbon Offset」を通してJ-クレジットを購入しました。
取り組みの背景にあるのが、欧州を中心に酒造業界でも加速するサステナビリティの潮流です。
「サステナビリティに取り組まないと、テイスティングさえしてもらえない日がやってくるかも…」
24代目蔵元が感じた「危機感」とは?
※1: Scope 1, Scope 2における実質カーボン・ニュートラル化
目次
サステナビリティへの「捉え方の重さ」、感じた“海外とのギャップ”
──小嶋総本店は、社是の1つに「自然との共生」を掲げ、「持続可能な酒造りを目指す」と宣言しています。
小嶋健市郎さん(以下、小嶋):現在の社是は、私が2015年に社長に就任した際に掲げたものです。
日本酒は、お米とお水、そして微生物の力によって作られている。まさに自然に生かされたプロダクトです。一方で、日本酒造りでは一般的に、多くのエネルギーを使い、排水や廃棄物も出してしまいます。
自然の恵みに支えられて商売をさせていただいているからには、自然から収奪するだけの、自然にネガティブな影響を与えるような存在になってはならない。
そんな思いから社是に組み入れました。
なお、当蔵では長年、原料由来の廃棄物を一切出さずに酒造りを行っています。
──脱炭素を意識し始めたきっかけは何でしたか。
小嶋:2019年頃から、欧州の名の知れたワイナリーや蒸留所が環境負荷の軽減に向けてかなりドラステックな改革をするのを見聞きするようになりました。
たとえば、ガラス製のボトルを廃止し、環境負荷の低い特殊な紙製ボトルに切り替える、などです。いずれの取り組みも、いわゆる「ポーズ」ではなく、自らの生産活動やプロダクトを根本から考え直していることが感じ取れるものでした。
もちろん国内でも当時から環境に取り組む先進的な飲料メーカーはありました。
ただ、欧州のプレイヤーのアクションを見るにつれ、「捉え方の重さ」が国内と海外とでは全然違ってきている、という感覚をはっきりと抱くようになりましたね。
ちょうど同じ時期、知り合いの蔵から「海外のバイヤーとの商談中にサステナビリティへの取り組みを尋ねられた」という話を聞いたんです。うちの蔵も売り上げの約2割は海外ですから他人事ではありません。
サステナビリティに取り組まないと、美味しい・美味しくない以前に、テイスティングすらしてもらえない日が来てしまうのではないか。そんな危機感を感じたのを覚えています。
また、とりわけ脱炭素という観点では、日本酒造りは、気候変動の影響を直接的に受ける産業でもあります。
気候変動の影響で夏が暑くなると、原料のお米の品質が低下する高温障害が起きやすくなるからです。昔は猛暑の年に稀に見られる現象でしたが、近年では発生しない年の方が少ないという状況が続いています。
こうした状況がさらに続けば、米の品種を見直す必要も出てくるでしょう。
これまで守ってきた伝統を次の世代に繋いでいくためにも、脱炭素に取り組む必要性は強く認識してきました。
地域に根ざした「ウチらしい」カーボンニュートラルの形
──様々な観点で脱炭素に取り組む必要性を感じておられたんですね。ところで、日本酒造りではどんな場面でCO2を排出しているのでしょうか。
小嶋:確かに、日本酒造りというと「職人の手仕事」というイメージが強く、CO2を排出する印象を持たれない方も多いかもしれません。
醸造・貯蔵技術の進歩で、日本酒のクオリティ、いわゆる美味しさは格段に向上しました。ただ、その結果として、多くのエネルギーを使うようになったのも事実です。
代表的なものが温度管理です。たとえば、麹造りは高温・多湿が保たれた温室「麹室(こうじむろ)」で行いますし、発酵や貯蔵には冷蔵庫が欠かせません。
また、瓶詰ラインを動かすにもかなりの電気が必要ですし、米を蒸したり、お酒の瓶詰め時に火入れ(加熱殺菌)をしたりする際にはボイラーを使用しています。
こうしたエネルギーの使用量を元にCO2排出量を算出したところ、CO2排出量の約3分の2が電気由来で、残りの約3分の1が重油由来であることが分かりました。
──脱炭素に向けて、具体的にどんなアクションを始めたのですか。
小嶋:まずは、CO2排出量の多い電気から対応を考え始めました。
電気の契約を再生可能エネルギーのプランに切り替えれば手っ取り早いことは分かっていたのですが、もう少し地域に根ざした「ウチらしい」解決策が見いだせないか、と模索する時期が続きました。
そんな矢先の2020年10月、近くの山形県飯豊町で「ながめやまバイオガス発電所」が開業したんです。聞けば、当社の焼酎粕も発電に使えるとのこと。
当社では日本酒を搾った酒かすを蒸留して焼酎を生産しており、そこで残る焼酎かすは地域の農家に肥料として使っていただいていました。ただ、悪臭や熊を寄せ付けるなどの難点から使ってくださる農家も限られていて、正直「いつまで肥料として処理し切れるだろうか」という不安を抱えていました。
焼酎粕を発電に有効活用し、さらにその電力を買い取ることでカーボンニュートラル化を実現できるならば、まさに理想です。「ぜひ一緒にやらせてください」と頼みました。
ところが、当時は「ながめやまバイオガス発電所」と地域の企業・家庭を結ぶ電力小売会社がなく、焼酎粕で発電した電気を購入することができない状況でした。
そこで、地域企業と出資して「株式会社おきたま新電力」という新電力を設立。この新電力を通して、2023年2月より「ながめやまバイオガス発電所」を指定して電気を買うことになりました。
ECでの買い物感覚で「ポチッ」と。難題の“重油ボイラー”をカーボンオフセット
──次の課題は、CO2排出量の3分の1を占める重油ボイラーへの対応でした。
小嶋:ボイラーに関してはかなり頭を悩ませました。
現在使用している重油ボイラーのリース期間が3年ほど残っているため、他の機械に直ちに切り替えるのはあまり現実的ではありませんでした。
また、たとえ切り替えるにしても、これといった代替案がすぐには見つからない状況でした。ボイラーには燃料別に色々な種類がありますが、我々が必要とする熱量を安定的に確保するためにはやはり重油やガスが最適で、たとえば電気だと熱量が小さすぎるし、水素だとコストの懸念があります。
そんな時、通常のガスボイラーにカーボンクレジットが付いた「カーボンニュートラルガスボイラー」の提案を受けました。
この仕組みから思い立ったのが、自社でのカーボンクレジットを単体で購入し、重油ボイラーによるCO2排出量をオフセットすることです。この方法ならば、とりあえずは現在の重油ボイラーを使い続けながらも、カーボンニュートラルが実現できます。
──2023年9月、「e-dash Carbon Offset」経由でJ-クレジットを購入いただきました。
小嶋:国が認証するJ-クレジットを利用することにし、インターネットでの情報収集から始めました。
しかし、スムーズには進みませんでした。
全国のクレジットが一覧化されてるサイトを見つけたものの、中には数年前の古い情報も。また、購入方法についても、ネット上に十分な情報がなく、都度販売元や役所の窓口に個別に電話をしないとならないケースもあります。
さらには、地元のJ-クレジットを利用しようと山形県に問い合わせたところ、次の入札まで1年近く待たなければならないとの返事が。近隣の県に電話しても同じような状況でした。
「これは参ったな」と途方に暮れていた矢先、七十七銀行さんから、当時はまだサービス提供を開始したての「e-dash Carbon Offset」の存在を教えてもらいました。
「e-dash Carbon Offset」では、ECサイトでポチッと買い物をするような感覚でJ-クレジットを購入できます。従来の手間を身をもって知っていた分、非常に便利だなと感じましたね。
──購入したJ-クレジットはどのような基準で選んだのですか。
小嶋:今回購入したJ-クレジットは、青森県の食品製造企業が重油ボイラーを木質バイオマスボイラーに切り替えることによって創出されたものです。
同じ地域・業界で、さらに重油ボイラーという我々がまさに課題として抱えている分野で創出されたクレジットである点が決め手でした。ここでも「ウチらしい」クレジットに巡り会えたのは良かったと感じています。
カーボンオフセットはどうしても「お金で解決している感」があり、実は多少の葛藤もありました。ただ、現状のリソースでやり切れない部分でクレジットに頼るのは短期的には悪いことではないと考えますし、我々が支払ったお金が脱炭素へのアクションを取っている方々の実入りになる、というのは社会的に価値のあることだとも感じています。
「東光」を別の角度から知ってもらうきっかけに。記念商品に込めた思い
東光 with green (ウィズ グリーン)
──カーボンニュートラル達成を記念した純米酒「東光 with green (ウィズ グリーン)」を12月に発売しました。どんな思いを込めましたか。
小嶋:通常の日本酒は、玄米を100%とすると、70%以下まで精米したお米(編注:「精米歩合70%」などと表す)を使っています。
一方、この商品については、食用米と同じ精米歩合90%の原料米を使用し、田んぼから得られた原料をできるだけそのまま使うことを目指しました。精米にかかるエネルギーを削減できるため、よりサステナブルと言えます。
通常の「東光」と比べると、ボリューム感がありつつも、バランスの良い穏やかな味わいに仕上がっています。
ボトルに貼り付けたラベルも、食用に適さない古米や破砕米などを原料にした「kome-kami」という新しい素材を使い、インクは植物性のベジタブルインキを使用するなど、細部にもこだわりました。
流通・小売業界の方にお話を聞くと、最近はサステナビリティをテーマにお酒をセレクトすることも増えているそうです。「東光 with green」もそうした文脈でお店に並べていただけたらと期待していますし、お客さんが別の角度から「東光」を知っていただく機会となれば嬉しいですね。
──脱炭素について、今後の目標を教えてください。
小嶋:今後は、Scope 3の領域でのカーボンニュートラル化に取り組んでいくことになります。長い旅になりそうだと覚悟しています(笑)
まずは、取り掛かりやすそうな部分から、資材の見直しなどを検討していきます。
たとえば海外のワイナリーでは、ガラスボトルを薄く・軽くする取り組みが進んでいます。日本酒の瓶はもともとワインボトルほど厚みはないですが、手を入れられる余地があるか模索していきたいと思います。
いずれにしても自社の力だけでは太刀打ちができないことばかり。ぜひ、e-dashを含め、さまざまなみなさんに知恵やサポートをお願いできればと思っています。
株式会社 小嶋総本店
所在地:〒992-0037 山形県米沢市本町2-2-3
業種:製造・販売
事業内容: 日本酒、リキュールの製造及び販売
URL:https://www.sake-toko.co.jp/