
CSRD(企業サステナビリティ報告指令)は、欧州連合(EU)域内の企業に対してサステナビリティ情報の開示を求める法令です。この記事ではCSRDの概要や日本企業に求められる対応についてわかりやすく解説します。
目次
CSRD(企業サステナビリティ報告指令)とは?

CSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive:企業サステナビリティ報告指令)とは、EU域内の大企業および上場企業を対象にサステナビリティ情報の開示を義務付ける法令です。
欧州委員会は2021年、現行のNFRD(非財務情報報告指令)を拡張・改正するとしてCSRD案を公表しました。改正により一層、サステナビリティ情報における企業の透明性を高め、サステナビリティ情報の信頼性と比較可能性を向上させることを目的としています。
CSRDの具体的な開示要求事項は2023年から施行されているESRS(欧州サステナビリティ報告基準)に基づいています。
2024年度の会計年度から段階的に報告が始まり、日本企業もEU域内に一定条件を満たす子会社がある場合は2028年度の会計年度から対象となります。
CSRDにおける直近のトピックス(2025年4月)
EUは、企業のサステナビリティ情報開示義務であるCSRDについて、その適用に関して一部の調整を進める方針を示しています。具体的には、一部のセクター別ESRS(欧州サステナビリティ報告基準)の採択を延期したり、EU域外の企業に対する報告義務の開始時期を再検討したりする方向で議論が進められています。
この調整により、とくに日本企業のようなEU域外に本社を置く企業への適用時期は、現行の2028年1月1日以降に開始する事業年度(2029年報告開始)から、さらに数年先送りされる可能性が議論されています。これはまだ正式決定されていませんが、企業が報告準備を進める上での時間的猶予を与えることを目的としています。
こうした動きの背景には、EU域内企業からの報告負担軽減の要望や、グローバル市場における競争力維持への懸念があります。また、米国証券取引委員会(SEC)の気候関連開示規則が一部緩和されたことも、EUの議論に影響を与えていると考えられます。
CSRDの適用対象となる企業の全体数は、従来のNFRD(非財務報告指令)に比べて大幅に増加しており、この基本的な方針に変わりはありません。日本企業も、引き続きCSRDとESRSの最新動向を注視し、適切な対応を準備していくことが重要です。
CSRDの関連ワードの解説
CSRDを理解するためにはNFRD(非財務報告指令)やCSDDD(企業持続可能性デューデリジェンス指令)についても理解が必要です。ここではそれぞれの指令についてCSRDと違いを中心に解説します。
NFRDとCSRDの違い
項目 | NFRD(非財務報告指令) | CSRD(企業サステナビリティ報告指令) |
目的 | 非財務情報の開示を促進 | サステナビリティ報告の精緻化と義務化 |
対象企業 | EU域内の従業員が500人を超える上場企業など | EU域内の全ての大企業(※)及び上場企業 EU域内で4億5000万ユーロの売上高がありEU域内に1つ以上の子会社・支社を有するEU域外の企業 |
報告内容 | 環境・社会・人権・腐敗防止などの基本情報 | ESRSに基づく詳細なESG情報(共通基準あり) |
報告形式 | 統一基準なし(各企業が独自の報告) | EU統一の報告基準(ESRS)を使用 |
監査義務 | 任意・形式的な確認のみ | 外部監査(limited assurance)を義務付け |
(※)「大企業」……「総資産残高2500万ユーロ以上」「純売上高5000万ユーロ以上」「従業員数250名以上」のうち2つ以上の条件を満たす企業
NFRD(非財務報告指令)は2014年に公布された、CSRDの前身といえる指令です。この指令において、EU域内の従業員500人を超える上場企業、銀行、保険会社等は環境・社会・人権・腐敗防止などの非財務情報を経営報告書に記載する、または独立した報告書として開示することが義務付けられました。ただし報告形式は統一基準がなく監査は任意で行われるなど比較的緩やかな仕組みでした。
しかし、CSRDでは、報告内容・報告形式において統一された基準があり、外部による監査が義務付けられています。NFRDと比較して、CSRDは企業に対してより広範かつ厳格な報告義務を課す枠組みとなっています。
CSDDDとCSRDの違い
項目 | CSDDD(企業持続可能性デューデリジェンス指令) | CSRD(企業サステナビリティ報告指令) |
目的 | 人権・環境リスクへの対応を義務化 | サステナビリティ情報の報告を義務化 |
義務の内容 | サプライチェーン全体のリスク特定・是正措置 | 環境・社会・ガバナンスに関する情報の開示 |
対象企業 | EU域内外の大企業・グローバル企業 | 主にEU域内の大企業や上場企業 |
適用時期 | 2027年以降、企業規模に応じて段階的に適用予定 | 2025年1月(2024年度報告)から企業規模に応じて段階的に適用 |
CSDDD(企業持続可能性デューデリジェンス指令)とは、2024年4月に欧州議会でテキスト案が採択され、その後2024年5月24日にEU理事会で最終承認された、企業に対し人権侵害や環境破壊といったサプライチェーン全体における悪影響を特定し、予防・是正・緩和するためのデューデリジェンス(相当な注意義務)を義務付ける指令です。サプライチェーン全体に対応を義務付けているため、EU域外の企業であってもEU市場における年間売上高が4億5,000万ユーロを超える場合にはCSDDDの適用範囲です。
CSDDDは人権や環境に関するリスクに対して実際に調査・対応しなければならない「実行義務」を明文化したものです。一方で、CSRDは企業のサステナビリティ活動に関する「情報開示の義務」を明文化したものであり、2つの指令はサステナビリティ社会を促進するための相互補完的な指令と言えます。
ダブルマテリアリティとは?

ダブルマテリアリティとは、企業が開示すべき情報を「財務的マテリアリティ(財務的影響)」(以下、財務的マテリアリティ)と「環境・社会的マテリアリティ(環境・社会への影響)」(以下、環境・社会的マテリアリティ)の2つの視点で評価する考え方です。CSRDではこの考え方に基づき、両方の観点から重要なサステナビリティ課題を特定し、開示することが求められます。
財務的マテリアリティとは短期・中期・長期に渡り企業の財政状態、経営成績に影響を及ぼす、または及ぼすリスクや機会を指します。かつてマテリアリティ(重要課題)といえばこの財務的マテリアリティを指すことが一般的でした。そのため、もうひとつのマテリアリティである環境・社会的マテリアリティが加わった現在では、財務的マテリアリティのみを「シングル・マテリアリティ」と呼ぶこともあります。
一方で、環境・社会的マテリアリティは短期や中期・長期に渡り企業が環境や人々(人権への影響を含む)に及ぼす、または及ぼす可能性のある影響を指します。この環境・社会的マテリアリティが加わることによって、サステナビリティにおける課題がより明確になるというのがダブルマテリアリティの考え方です。
CSRDの情報開示に重要なESRS(欧州サステナビリティ報告基準)とは?

ESRS(欧州サステナビリティ報告基準)とは、CSRDで情報開示を行うための具体的な基準を定めたものです。すべての対象企業はこの基準に従ってサステナビリティ情報を開示する義務があります。
ESRSは、「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(ガバナンス)」という3つの報告領域に分類され、全体で12の開示基準から構成されています。企業はこれらの基準に基づき、自社の戦略・影響・リスク・指標などを体系的に報告する必要があります。
ESRSでは、すべての企業に共通する「一般的基準(ESRS 1・2)」に加えて、テーマごとの個別基準(ESRS E1-E5、ESRS S1-S4、ESRS G1)が定められており、ダブルマテリアリティの考え方をもとに重要な項目を特定し、開示します。
ESRSの開示項目 | |||
分類 | ESRS | 項目 | 内容 |
一般 | ESRS 1 | 全般的要求事項 | |
ESRS 2 | 全般的開示事項 | ||
環境 | ESRS E1 | 気候変動 | ・気候変動への適応 ・気候変動の緩和(気候保護) ・エネルギー |
ESRS E2 | 環境汚染 | ・大気汚染 ・水質汚染 ・土壌汚染 ・生物および食料資源の汚染 ・懸念される物質 ・マイクロプラスチック | |
ESRS E3 | 水資源および海洋資源 | ・水の使用・取水量 ・排水 ・海への排水 ・海洋資源の採取および利用 | |
ESRS E4 | 生物多様性および生態系 | ・生物多様性喪失の直接的要因 ・種の状態への影響(種の個体数、絶滅リスクなど) ・生態系の規模および状態への影響 ・生態系サービスへの影響および依存 | |
ESRS E5 | 資源の使用及び循環経済 | ・資源の流入(資源の利用を含む) ・製品およびサービスに関連する資源の流出 ・廃棄物 | |
社会 | ESRS S1 | 自社の従業員 | ・労働条件 ・平等な待遇とすべての人の機会均等 ・その他の労働関連の権利(児童労働・強制労働・プライバシー保護など) |
ESRS S2 | バリューチェーン上の労働者 | ・労働条件 ・平等な待遇とすべての人の機会均等 ・その他の労働関連の権利(児童労働・強制労働・プライバシー保護など) | |
ESRS S3 | 影響を受ける地域社会 | ・経済的・社会的・文化的権利 ・市民的・政治的権利 ・先住民族の権利 | |
ESRS S4 | 消費者およびエンドユーザー | ・情報に関する影響 ・消費者およびエンドユーザーの個人の安全 ・消費者およびエンドユーザーの社会的包摂 ・責任あるマーケティングの実践 | |
ガバナンス | ESRS G1 | ガバナンスに関する事項(企業統治) | ・企業文化 ・内部通報者の保護 ・動物福祉 ・政治的関与およびロビー活動 ・サプライヤーとの関係管理(支払い慣行を含む ・予防および摘発(研修を含む) ・発生事例 |
このように、ESRSはテーマ別に体系化されており、企業は自社の事業内容やバリューチェーンを踏まえて該当する基準を特定し、開示義務の範囲と水準を判断する必要があります。とくにEU域内で一定の売上や子会社を有する非EU企業も、将来的にはこれらの報告義務の対象となる可能性があるため、早期の対応が求められます。
CSRDの対象企業と適用スケジュール
下記はCSRDの対象企業と適用スケジュール一覧です。
CSRDにおける直近のトピックス(2025年4月)において触れたとおり、適応開始時期については一部延期されているものがあります。
対象 | 対象の詳細 | 適用開始時期 |
NFRD対象企業 | EU域内の従業員500名以上の上場企業など | 2024年1月1日以降開始する会計年度から |
EU域内の大規模企業 | 以下のうち、2つ以上の要件を満たす企業 (1) 総資産2,500万ユーロ超 (2) 純売上高5,000万ユーロ超 (3) 従業員250名超 | 2027年1月1日以降開始する会計年度から(※1) |
EU市場で上場している中小企業 | 以下のうち、2つ以上の要件を満たす上場企業 (1) 総資産45万ユーロ超 (2) 純売上高90万ユーロ超 (3) 従業員10名超 | 2028年1月1日以降開始する会計年度から (※2) |
EU域内に子会社や 支店を持つEU域外企業 | EU域内の純売上高が4.5億ユーロを超える第三国企業で、大規模企業に該当するEU子会社 または 純売上高5,000万ユーロを超えるEU支店を持つ企業 | 2028年1月1日以降開始する会計年度から |
(※1)2025年1月1日以降開始する会計年度からであったが延期
(※2)2026年1月1日以降開始する会計年度からであったが延期
上記の表の対象企業に該当する日本企業はCSRDの対象です。EU域内で活動するか、EU域内に子会社や支店を持つ大規模な企業は基本的に対象となるため注意が必要です。
CSRDに対応するためには相当の準備が必要なため、適用対象となる企業は早期にESRSの要件を理解し、データ収集体制を整備する必要があります。
CSRD対応のために企業がすべき準備

ここではCSRD対応のために企業がまず行うべきことを3点解説します。
CSRDの制度の詳細を理解する
CSRDは従来のNFRDと異なる複雑な要件があり、正確な理解がなければ適切な対応ができません。誤った理解や対応の遅れは法令違反のリスクを生み、企業評価や信頼性の低下につながります。ひいてはEUという大市場での事業機会を失うことにもつながりかねません。まず下記の「具体的な対応」を参考にCSRDへの準備を進めていきましょう。
【具体的な対応】 ・自社がCSRDの適用対象となるか、条件に照らし合わせて正確に判断する ・ESRSの開示要件を詳細に分析し、既存の開示内容とのギャップを特定する ・セクター別基準など今後公表される追加要件の動向を継続的に監視する ・他の類似フレームワーク(CDP、TCFD等)との違いや共通点を理解し、効率的な対応を検討する ・社内向けの勉強会や研修を実施し、関係部門の理解度を高める |
今後のロードマップを作成する
自社がCSRDの適用企業とわかったら、プロジェクトチームを結成し今後のロードマップを作成しましょう。CSRDへの対応は複数部門にまたがる長期的かつ複雑なプロジェクトであり、計画的な実施が不可欠です。
また、CSRDへの対応は情報開示の準備だけでなく持続可能な事業への移行戦略を同時に考えるよい機会でもあります。ルールに従うための準備だけではなく今後を見据えた計画を作成するとよいでしょう。
【具体的な対応】 ・経営層を含む部門横断的なプロジェクトチームを結成し、責任者と役割を明確にする ・適用開始から逆算した詳細なタイムラインとマイルストーンを設定する ・海外子会社やサプライヤーとの連携体制を構築し、情報共有の仕組みを確立する ・ダブルマテリアリティに基づく重要課題の特定プロセスを設計する ・情報開示だけでなく、事業戦略や移行計画にフィードバックする仕組みを組み込む |
CSRDに必要なデータを集める
ESRSで求められる報告内容には、詳細かつ広範囲なデータが必要です。現在の多くの企業においては既存のデータ収集体制では不十分といえるでしょう。そのため新たにデータ収集のプロセスを設計し必要なデータを収集する仕組みを構築しなければなりません。
CSRDでは第三者保証が義務化されるため、信頼性の高いデータ管理プロセスの確立が求められることにも留意しましょう。
【具体的な対応】 ・ESRSの要件に基づき必要なデータ項目を特定し、データマッピングを行う ・グループ企業やサプライチェーン全体からのデータ収集プロセスを設計する ・データの信頼性を確保するための内部統制システムを構築する ・自動化ツールやESGデータ管理システムの導入を検討し、効率的な収集体制を整える ・第三者保証に耐えうる証拠書類やエビデンスの保管体制を整備する |
CSRDは日本企業も無関係ではない!まずは理解を深めよう
CSRDは、適用される日本企業はもちろん、対象企業のサプライチェーン、バリューチェーン上に含まれる企業にとっても無関係ではありません。CSRD以外にも「脱炭素」や「人権」などのサステナビリティへの取り組みを規制する動きは強まっており、グローバル化されたビジネス市場においてはすべての企業が関わる可能性が高いトピックといえるでしょう。
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